かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 19話(1/2)

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作:武田まな

 どういうこと? 脚がちっとも動かないじゃないの。重い、苦しい、誰か、たすけてくれ……。

今朝のお目覚めは、とても愉快な代物だった。

起き上がり足元の状況を確かめてみると、不届き者が覆いかぶさるようにして眠っていた。そのゆるみきった口元からは、あの手の獣さながら涎が滴ってもいた。ハハン、金縛りの原因はこやつか。それにしても何故、マミがここにいるのだろう? 

エマ先輩は小首を傾げると辺りを見回した。見慣れた家具の他、マミのザックが転がっているのと、ナポリタンがテーブルの上に鎮座しているのが目に留まった。

察するところ長野から遊びに来たマミを出迎えたものの、連日の暑さに参っている私は、ほったらかしにして眠りこけてしまった模様。なので、晩御飯にありつけなかったマミは、自らナポリタンなんぞこさえてみたのだろう。そして、私をお相伴に誘うため起こしていると、うっかり自分まで眠りこけてしまった、という具合か。映画だのドラマだの小説だのでは目にするくだりだが、現実にあるとどこか胡散臭い。はてさて……。ともあれ、マミを起こすとするか。

 うげ、痛い!

その痛みの原因は、直ぐに判明した。あらぬことに靴擦れとおぼしき傷跡が複数あるのだ。まったくもって身に覚えがない。パンプスを履いて全力疾走でもしないかぎりこんな風にはならないはずだ。ん? なにやら肩も痛い。これも身に覚えがない。さてはバスワールームで滑って転んだ末、肩でも強打した、とでもいうのか(そんなバカな)。どのみち踏んだり蹴ったりである。

「ねえ、マミ。起きて」とエマ先輩は言い、マミの体を揺すった。

「むにゃむにゃむにゃ……」

「マミったら」

「もう食べられないよ」

 なんとまあ、胡散臭い寝言だこと。「ねえ、起きてってば、もう」

それから、エマ先輩はマミの体を強く揺すった。案の定、マミはベッドから滑り落ちて頭を床に強打した。

「あたたた……」

「大丈夫?」

「大丈夫なわけない……じゃん」と声が小さくなる。そして、目を丸くして口をパクパクしながら、言葉を喉から押し出した。「うわー、おねーちゃん。あのさ、あのさ。えっと、あのさ、だから」

「ねえ、落ち着きな。マミ」

「落ち着けって、そんなのできるわけないじゃん。だってさ、だって、だって……」

「だって、て?」

「だから、えっと……だから……」マミは小首を傾げた。「あれれ、どうして慌てふためいているんだっけ? あたし」

 今朝のお目覚めは、姉妹そろって愉快な代物というわけか、とエマ先輩は思った。「どうでもいいけど、まずはその涎をどうにかしたら。ほれ」ティッシュをマミに手渡して「ねえ、その目、どうしたの? あんた寝ながら泣いていたわけ?」多感な時期は色々と大変だな、とエマ先輩は重ねて思った。

「げっ、本当だ」まるで泣きじゃくった後みたいに目が腫れていやがる。まったくもってわけがわからん、とマミ。ともかく、この一連のくだりは、小説の題名はしっかり覚えているのに、その内容を忘れてしまった、といったところか。はたまた、題名すら覚えていなくて、小説の内容も覚えていない、といったところか。それじゃあ、結局、何も無いのと同じではないか。いや、そうとも言い切れない……。なんだ、このはがゆい気分は。

そんな気分を吹き飛ばすように、マミは鼻をかんだ。するとティッシュが派手に破れ悲惨な状況に陥った。すぐさま姉に救いを求めたが、おあいにく様と切って捨てられた。ケチ!

「ん、今何か言った?」とエマ先輩。

「ううん。何も言ってないよ」とマミは、満面の笑みで答えた。

「じゃあ、どうして声がうわずっているのよ」

 まずい。直ちに話の腰を折らなくては、例の目的が果たせなくなる。「そうだ、おねーちゃん。お腹減ってない? 朝食にナポリタン食べようよ。それに、家から夏野菜のピクルス持って来たから……」チョッと待てぇい! 例の目的とはなんだ? 

そしてマミは、あぐらをかいて考えあぐねた。まったくもって思い当らない。どういうこった。

「ねえ、マミ」とエマ先輩は言い、マミの目の前で手を叩いた。「急にどうしたの?」

ハッと我に返ったマミは、口を開いた。「あのさ、おねーちゃん。何か変じゃない?」

「何かって?」

「それがわからなくて、とてつもなくはがゆいんだけどさ」

「何だそれ。寝ぼけているんじゃないの?」

「静かに!」

 とある気配を感じ取ったマミは、そう声をあげた。しかし、とある気配は五感で捉えられなかった。というのも、五感以外の感覚で刹那的にマミの胸をかすめていったからである。したがって、マミはテーブルの上に力無く突っ伏すと、引き続きはがゆい気分に浸るしかなかった。

「あのさ」しばらくしてエマ先輩は、簡素に言った。「そろそろナポリタン、食べよっか」

「うん。食べよ」とマミは言い、顔をテーブルから引きはがした。そして、キッチンに行き、ナポリタンを温め直すついでに少しだけ手を加えた。

再びナポリタンがテーブルの上に鎮座した。エマ先輩は舌なめずりをしてナポリタンを出迎えた。

二人は手を合わせ「いただきます」と言い、パスタをフォークに巻きつけて口の中に放り込んだ。

パスタの歯ごたえは、二人の気分に負けず劣らずふやけていた(致し方が無い)。しかし、フレッシュトマトと、爽やかなバジルを加えたおかげで美味しくいただけた。中々やるではないか、とエマ先輩はマミをねぎらった。

つづく


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