作:武田まな
夏休みという催しが世の中にあますとこなく行き渡った時分、里実ワカバと友人のエミカは、かねてから企てていた旅行へと出かけた。その行き先は、日本でも指折りのサマーリゾート、軽井沢。そして、由緒あるクラシカルなホテルに二泊する、というものである。ようするに、心ゆくまでお喋りに打ち興じ女同士の親睦を深める。ついでに美味しいものをたくさん食べる(ついでじゃないか。大いに大切な目的だ)。来年の四月、社会人となり待ち受けている予見不可能な日常に備えるため、企てた旅行なのだ。言わずもがな学生にはリッチな旅行でもある。いや、学生最後の夏の旅行だからこそリッチである必要があるのだ。ヒッチハイクだの、ホットドッグだの、海水浴だのでは、落ち着いてお喋りができやしないからだ。おまけに華やかじゃない、と二人の意見は一致したわけだ。
旅行は万事順調だった。そして、二日目の朝、里実ワカバは焼きたてのバケットを探し求めて(バケットなんぞ食べたい、と言いだした当の本人は、ベッドの中でまどろんでいやがる。古今東西、美女は低血圧というわけか)、木漏れ日が躍る小道をレンタサイクルで走っていた。その道すがら二十代半ばとおぼしきカップルが歩いているところに出くわした。
まず、里実ワカバの意識はスマートに歩く女性に注がれた(なんと、絵になる歩き方ではないか)次に、二人が保つ距離に里実ワカバの意識が注がれた。近すぎず、遠すぎず、実にけったいな距離である。さては、一見恋人同士に見えたが、まだそうじゃないとみえる。と考えるに、明日か明後日、二人は結ばれるに違いない。不思議とそう断言できる。というのも、二人の影が同じ色に染まっているからだ。フェアリーめいた青が溶け込んだ黒に。憧れる。願わくはあんな風になりたかった。
味わい深い夏の一時は、文字通りアッという間に過ぎ去った。いつの日か訪れる青春時代の話に打ち興じるそのときまで、大切にしまっておこう、と二人はL特急あさまに揺られながら約束した。
つづく
アウトドアにまつわるショートショートを綴っています。
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