かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 3話

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作:武田 まな

森野カオルの軽自動車は、国道を西に進んだ。その間、カーステレオの代わりに、後部座席のビニール袋が音を奏でていた。可愛い猫たちがじゃれあっているみたいな音である。パンは途方もない状態になっているのだろう、と森野カオルは思った。

助手席に深く埋もれたエマ先輩は、頬杖をして、静かな目をして、瞬くネオンに視線を投げていた。そのついでにといった風に、交差点を右折するのか左折するのか指示するだけだった。

「次の信号を右」

「はい」

「しばらく道なりで」

「あ、はい」と森野カオルは言い、アクセルを踏み込み速度を上げた。しかし、タクシーにあっさり追い抜かれてしまった。

「えっと、次の信号は、right」

「yes」

「やっぱり、leftにしようかな」

「ふへ」やっぱりって?

「冗談よ」とエマ先輩は、シレっと言った。「まだ、道なりよ」

「OK」

「じゃあ、次は……ねえ、あいかわらずスケッチとかしているの、森野?」

 森野カオルはエマ先輩の横顔をチラッと見た。

「ええ、まあ、していますよ。ロケーションハンティングに行った先で、のんびりと」

「あら、そ」

「スケッチは趣味というよりか、もうライフワークですね。エマ先輩の紙飛行機と同じですよ。屋上からよく飛ばしていたじゃないですか?」

「紙飛行機か」とエマ先輩は、素っ気なく答えた。「もうそんなの折ってもないし、飛ばしてもないわよ」

 森野カオルはその理由を尋ねようとした。が、止した。

続けてエマ先輩は言った。

「ねえ、今度、ロケーションハンティングに連れてってよ」

「別に構いませんよ。けど……」

「けどって?」

「退屈ですよ」

あら、そ、とエマ先輩は口だけを動かした。それから「ねえ、森野。退屈は悪いことじゃないって、さっき言ったじゃない。もう忘れたの?」

「忘れていませんよ。ただ……」と森野カオルは、言い淀んだ。

「女の子は出来ない約束をしたがる生きものなのよ。つまり、その程度の約束だから連れて行くってあっさり言えばいいのよ」

「わかりました。行きましょう、ロケハン。先輩からの電話、気長に待っています」

「待つんじゃなくて森野が私を誘うの。だから電話して」

「はいはい、わかりました」

「その言い方、嫌」

「じゃあ、つべこべ言わずに大人しく黙って付いて来い、とかは?」

「ヘドが出る」

「ガハハ」

「ねえ、その笑い方もっと嫌」とエマ先輩は言い、けらけらと笑った。

エマ先輩を送り届けてから、アパートメントに帰宅した森野カオルは、すっかり変わり果てたパンの姿をスケッチしていた。それは二度と同じ過ちを繰り返さないための措置である。

片やエマ先輩は熱いシャワーを浴びると、無意識というニュートラルな感覚に身をゆだね紙飛行機を折っていた。そして、幾つか折った紙飛行機の中から一つだけ摘まむと、冷蔵庫めがけてテイク、オフ。

その瞬間、エマ先輩はスーパーマーケットで買おうとしていた何かを思い出した。そうだ、レモンを買おうとしたのだ、私。けれど、森野カオルと再会したはずみでそれを忘れてしまったのだ。したがってレモンは切らしたままである。何が何でも明日、買っておかねば。

つづく


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