作:武田まな
体に感じるか感じないかという速度で、レストランは音も発せず360度回転していた。
言わずもがなマミは、ご満悦であった。サンセットに焼かれていく街並と、夜のとばりに包まれていく街並を心ゆくまで堪能しようではないか、と。
料理が運ばれてくると、二人はデラックスな気分に浸りながら食事を進めた。そんな気分に落ち着く前は、メニューを睨み亡羊の嘆だったのが嘘のようである(ちなみに、エマ先輩はラザニアを注文し、マミはフライドハンバーグと、カニクリームコロッケと、シーザーサラダと、プリンアラモードを注文した)
「よくもまあ……」とエマ先輩は、マミの食べっぷりを見て言った。
「一昨日、三泊四日の登山から帰って来たから、このくらい食べる必要があんの。それに、たまたま今日は、月に一度のチートデイってやつ。だもんで、今日という日を例えるのなら、素数の中の素数、まさにエマ―プみたいなもんね」
「つまらないメタファーだこと」
「てか、おねーちゃん。いつからそんなコンサバなコメント言うようになっちゃったわけ」フライドハンバーグを口の中に放り込んで「前はもっと進歩的でかっこよかったのにさ」
「えっ……」
「チョッと真に受けないでよ。冗談よ。ジョウダン」とマミは言い、そっけなくワインを飲み干した。「ねえ、そのワイン飲まないの? 手付けてないじゃん」
「あれ、ほんとだ」どうしてだろう?
「飲まないんだったら、私が飲んじゃうよ」
「ご自由に」
そしてマミは、姉のワインを一気にたいらげた。それから、店員を呼び止めると自分用にシードルを注文し、姉にペリエを注文した。
ややあってシードルが運ばれてくると、マミはグラスの柱をつまみ小指をおっ立てて上品にすすった。
片や、エマ先輩はラザニアを食べるというわけでもなく、スプーンを使い撫でていた。そんな時だった。どこからともなく歓声と共に拍手が沸き起こったのは。
エマ先輩は歓声と拍手がする方へ視線を投げた。すると、花束と指輪が入ったとおぼしきケースを手にした女性が、男性の手を握っているのが目に留まった。誰が見ても何が起きたのかは、一目瞭然だった。なので、祝福の輪は音叉の音よろしく店内に広がっていくのであった。
その様子を目の当たりにしたマミは、涙ぐんでいた。山行フリークの女子には、刺激が強すぎたのだろう。でなきゃ、何も感じない私はどうかしている、と考えながらエマ先輩は、ペリエで口を濡らした。が、濡れたような気がしなかった。さては、今起きている出来事と、実際に感じる出来事にズレが生じている模様。
つづく
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