作:武田まな
月曜日、里実ワカバは『白いモラトリアムサマー』の登場人物、ミドリ君と、レモンさんのことを考えていた。なんともいえない切実な気分だった。そんな気分にもかかわらずレポートに取りかかった。
レポートは思いのほかはかどった。というのも予見可能な未来を手に入れたからなのだろうか。いや、まだ予見可能な未来だとはっきり決まったわけじゃない(そんなのあってたまるか)。さりとて、これがあるとき、それはある。これが生じるから、それは生じる、と言われているそうな。
火曜日、朝食の跡片付けをしていると、小説の内容を受け入れはじめていることに気付いた。しかし、それは形の無い紙の中の出来事としてであって、形が有り手で触れられる出来事としてではなかった。そうなれば、それが欲しい、と思ってしまった。したがって、図書館から地図を拝借し湖があるか確かめることにした。
早速、里実ワカバは図書館に向かった。
図書館に到着すると、持って回わらず地図を探すことにした。
地図は直ぐに見つかった。ホッしたのも束の間、厭わしさを感じた。それは、あの二人の気配を感じ取ったからである。
帰宅すると扇風機のスイッチをONにして、また、朝顔の模様のうちわも動員して、火照った体を落ち着かせた。それから、地図を広げ問題の湖を探すことにした。
湖は直ぐに見つかった。早い話、小説通りだったというわけだ。
里実ワカバは一呼吸置くと、湖に触れてみた。それから、ポツリと呟いた。「木崎湖か……」それだけじゃない。日曜日のカオルの様子。十二分遅れの二つの腕時計。何よりも私がここでこうしている事実。断言しよう。私たちは『白いモラトリアムサマー』と重なっている。ということは、金曜の夜、彼女からこの夏の出来事が消えて無くなる。そうしたら……。
しばらくの間、里実ワカバは『白いモラトリアムサマー』に目を据えていた。
これ以上、知ってしまうのが怖い。読み進めるのはもう止そう。この夏の出来事が無かったことになるのだ。それでいいじゃないか。もとどおりに戻るのだ。あの頃の、あの関係に。ただ、少しばかり季節が進んでしまっただけのこと。それ以外は、ピリオドだ。そう腹を決めればこの私だってつぶしが効く。まして、それがないと、それはない。それが滅するから、それは滅する、と言われているそうな。
つづく
アウトドアにまつわるショートショートを綴っています。
よかったら覗いてみてください↓
他の作品はこちら↓
無料で読める小説投稿サイト〔エブリスタ〕