かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 12話(2/4)

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作:武田まな

森野カオルが図書室に到着すると、蔵木ミカは本を返却しているところだった。姿勢が良いものだから、本を返却するというごく日常的な動作すら、彼の目に可憐に映ったりする。

「あ、森野先輩。その顔どうしたんですか? まるで慌てて走って来た人みたいですよ」と蔵木ミカは、シレっと言った。

 今し方受けた印象は、即座に消去させてもらった。「そうさせた張本人が、今僕の目前にいるんだけど?」

 蔵木ミカは思わせぶりな目顔をして、返却窓口に立つ三十代とおぼしき女性にあらぬ視線を送っていた。

女性はハッと何かに気づいたらしく、乱れてもいない髪や衣服を整えはじめた。それから、はにかんだ様子で俯き慎重に呼吸を繰り返していた。

森野カオルは、蔵木ミカの腕を掴み窓際の席に引っ立てた。

「誤解を招くようなことをするな」

「日常をよりドラマティックに演出しただけですよ、あたし」

「それにしたって」

蔵木ミカは先取りして言った。

「わかっています。少しやりすぎました。人の気持ちをもてあそぶのって良くないですよね」

「次からは気を付けるんだぞ」

「へーい」と甘えた返事をして「先輩といる時だけですよ。こんな風に羽目を外すの」

しかし、その言葉は大きなあくびをしている森野カオルに届いていない。

「何だ? 蔵木。その顔は?」

「何でもないですよ」

「そっか。で、お礼はティラミスでいいか?」

 一瞬、何に対してのお礼なのか、蔵木ミカにはわからなかった。しかし、それを思い出したと同時に、うっかり返事をせずに良かったと安堵した。

蔵木ミカは指を三本おっ立てると、森野カオルの鼻先に突きつけた。ついでに自慢の笑窪と八重歯も見せつけた。

「何だ、その指と顔は?」

「ほれ、ほれ」引き続き三本の指と八重歯を見せつけて、謎めいたアピールを続けた。

森野カオルは取り合わずにやり過ごそうとしたが、そのうち彼女の指が両目に突き刺さってきそうで、妥協点を探ることにした。

「二回じゃダメかな?」

 蔵木ミカは首を左右に振りはじめた。三本の指と八重歯、それに首振り運動が加わり収拾がつかない模様。そんな中、午後の講義開始を告げるチャイムが鳴った。

「先輩、講義さぼるの、初めてなんですよ、あたし」

「……わかったよ」

「よし」と蔵木ミカは言い、オリジナリティー溢れるガッツポーズを決め込んだ。「あたし前から『パステルオリーブ』というお店のティラミス、食べてみたかったんです」

そのお店の名は、高橋と桃井から聞いたことがあった。最寄りの駅から遠く、値段も張るうえ、やたら長い行列ができる、と二人は言っていた。何より質より量をとる学生には、不向きだとも。いずれにせよ、金欠病には大きな痛手である。そう考えながら森野カオルは、光合成で栄養を補える植物のことを羨ましく思った(そういえば自分の名前、植物みたいだな。ということは、できるかもしれない)。

「先輩、できるかもしれないって何のことですか?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」

「そう……ですか」

「ともあれ、蔵木」エマ先輩から拝借した二つのスケッチを並べて「一先ずこのスケッチ、観賞してみてくれないか」

「これが例のサジェスチョンと関係するわけですね」

「YES」

つづく


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