作:武田まな
テーブルに並べられた紅茶は、ストレートティーだった。何故だろう? と森野カオル。
そして二人は、紅茶に息を吹きかけると口に運んだ。
夏の暑い夜に紅茶なんぞいただけば、汗ばむのは当然である。里実ワカバは扇風機の風を強めた。
「暑いね。冷たい飲み物と交換する?」
「いや、構わないよ」森野カオルは額の汗を拭うと言った。「里実。話したいことがあるんだけどいいかな?」
「……いいわよ」里実ワカバは返事をすると、ティーカップの中の琥珀色した液体に映る自分の顔を見た。やっぱり、切実な表情なんかしている。
「あのさ、実は」
「わかっているよ。わかっているの、私。何のことか」別に話の腰を折ろうとしたわけじゃなかった。ワンピースの決まりを破ったせいで大胆になっているだけのこと。その証拠にこんなことだって言える。「ねえ、その話をする前に、私のことをスケッチしてよ」
「スケッチ? 里実を?」
「うん、そうよ。せっかくワンピに着替えたんだし、あれだから」
「あれか」と森野カオル。それから、紅茶を口に運ぼうとした時だった。うっかり紅茶をこぼしてしまった。「あ!」
森野カオルは何よりもまず先に、腕時計を外すとシャツの裾で拭った。それから、秒針に目を凝らした。動いている。あらぬ事態にならずホッとした。
「カオル、大丈夫?」と里実ワカバは言い、タオルであちこち拭いてくれた。
「大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ほんとだとも。間一髪で避けたから、思いのほか濡れなかったし」
「ならいいんだけど」さっき私が変なことを言ったからだ。責任感じちゃうな。「今、代わりの紅茶持ってくるね」
「待って、これからスケッチはじめるからその必要ないよ」
「えっ」ワンピースの決まりを破ったせいで、起こりえないことが起こっている、とでもいうのか。
戸惑っている里実ワカバをよそに、森野カオルはバッグの中からスケッチブックを取り出した。そして、「とりあえず遠くを見る感じで」とだけ言い、ペンシルを動かしはじめた。
「そんなこと急に言われても……」と言いつつも、里実ワカバは遠くを見つめて「こ、こうかな?」
「うむ、上出来」
つづく
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