かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 9話(2/4)

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作:武田まな

ざらついた気分の最中、電話のベルが鳴った。ルルルル、と一回、二回、三回……八回。

 エマ先輩はベッドから垂らしていた手で床をまさぐり、受話器を握ると通話ボタンを押した。そして、「マミ。約束は守るから大丈夫よ」とだけ告げて電話を切ろうとした。

「あっ、待ってください。森野です」

「……カオルなの」思わずベッドから転げ落ちそうになった。「ど、どうしたの?」

「えっと、気になって。エマ先輩のことが」

「それだけ? それだけの理由で電話してきたの?」なんだそりゃ。

「ええ、それだけです」と森野カオルは、あっさり答えた。

 エマ先輩は「バカ」と小さく呟いた。本能的にそう呟かずにはいられなかったのだ。

森野カオルは光の速度の時間差で、エマ先輩のざらついた気配を察知した。

「どうしたんですか? 様子、変ですよ」

「そんなことないから」と声が小さくなる。

「何かあったんじゃないですか?」

そう尋ねられたエマ先輩は、あの景色のことを話すことにした。が、止すことにした。こういう時、わがまま言えない年上って損な役回り。だとしても、カオルの声を聞けてホッとしたではないか。ことことに至って今は、それでいいではないか。

「あのね。別にたいしたことじゃないの。だから今日はもう遅いし、また明日、電話するわね」未来や過去より、今が似合うと言われたのに、まったくもってそうじゃないときたもんだ。

「わかりました」と森野カオルは、素直に返事をした。

いささか素直すぎる、とエマ先輩はわがままな想いを抱いてしまった。

続けて森野カオルは言った。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「あ、うん。おやすみ」

 電話は切れた。今直ぐレモンに齧りつきたかった。言わずもがなレモンは切らしている。とくれば、照明を消して、ベッドの上でのたうちまわるしかなかった。

嗚呼、この私という自我が無意識に描いた景色とは、何なのだろう? そもそもそうさせた無意識とは、何なのだろう? 本能の類のことを指すのだろうか? それとも……。こんな状態では眠れるわけがなかった。

そしてエマ先輩は、ベッドから起き上がり照明を点けると、日用品と食料品の買い出しリストをこさえた。次にブラウスだのハンカチだのにアイロンをかけた。その次に、レモン二個分と同じ重さの本を読みはじめた。というよりか、ただ文字を眺めていた。そうやって眠くなるのを、ジッと待つことにしたのだ。ただただ、辛抱強く。

しかし、ちっとも眠くならなかった。けれど、それを続けるしかなかった。他に何をすればいいのか思い当らないからだ。そして、溶けることのない不安と共に夜はふけていった。

……

つづく


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