作:武田まな
森野カオルは腹を決めると、里実ワカバの質問に答えることにした。その瞬間、腕時計に目が奪われた(不思議と名前を呼ばれたような気がしたのだ)。そして、どういうわけか公園の砂場に置き忘れたおもちゃを見ている気分になった。
「ねえ、カオル。考え過ぎ。と言うよりか黙りすぎ。軽くショック受けちゃうな、そう言うの」
「あ、ごめん。じゃあ」
あまりにも無頓着に森野カオルが話を切り出したものだから、里実ワカバには身構える間もなかった。反射的に口の中の唾液を飲み込むことしかできなかった。心の準備が間に合わない。私の方から急かしておいて、こんな風に慌てちゃうなんて、いくじなし。
「カ、カオル。チョッと待って」と里実ワカバは、受話器を強く握りしめてそう言った。しかし、もう遅かった。既に森野カオルは言葉を放っていたからだ。
「悪い、里実。電話する用事があったんだ。だからこの話の続きは明日でいいかな? ランチタイムいつものベンチにいるから」
「へっ」
一瞬、熱くなった気持ちをどうすればいいのかわからなかった。そんなことより一人で勘違いして、うろたえちゃって、バカみたい、と思った。「こんな時間に電話なの? 誰に?」
「それは……ともかく明日、大学で落ち合おう。それじゃあ」
「ねえ、待ってよ。カオル」
「……」
「カオルってば」
「……」
「ねえ」
「……」
「ねえったら」
里実ワカバは受話器を耳に押し当てたままその場にしゃがみ込むと、膝を抱えて丸くなった。
……
どのくらいの時間、そうしていたのだろう。受話器を床に置くと、チケットを握りつぶして壁に投げつけた。それから、里実ワカバは欲望と向き合うことにした。
私は彼から見返りを求めているのだ。私は彼のことが好きで、彼も私のことを好きだという見返りを。でも、そうなるためには人が作り出した言葉で、直接、彼に告げなくてはならないのだ。それが怖い。そう、何かが終わりそうで、何かが壊れそうで、怖いのだ。
それにしても今夜は、雨音がよく聞こえる。ちとうるさい。静かにして、お願いだから。
つづく
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