かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 7話(4/4)

投稿日:

作:武田まな

その後、里実ワカバは講義には戻らず図書室にいた。

図書室は森野カオルが夕方に立ち寄る場所である。つまり、ここで彼が来るのを待つことにしたのだ。窓際の席に腰掛けて、本の頁をめくって(文字通りめくっているだけだった)、騒ぎ立つ胸を抑えて。

しかし、夕方になっても森野カオルは現れなかった。したがって、他に彼が立ち寄りそうな場所を捜すことにした。

あれこれ捜し回ってみたが、今日に限って彼を見つけることができなかった。ひょっとしたらもう帰ったのかもしれない。いや、まだどこかにいるはず。でも、どこに、と考えあぐねた末、彼の居場所に気付いてしまった。そうか、屋上か!

屋上に向かうため、里実ワカバは走った(屋上へと続く階段も一段飛ばしで駆け上った)。でもって、カフェオレ色の扉を勢いよく開けると、スケッチブックを抱えて空を見据えている森野カオルがいた。そんな彼の後姿は、夕焼けで赤黒く焦げていた。

勢いよく開け放たれた扉の音に驚いた森野カオルは、抱えていたスケッチブックを落としてしまった。が、それを拾おうとはせず扉の方に振り向いた(エマ先輩のイメージが胸をかすめたのだ)。しかし、そこにいたのは、里実ワカバ。

里実ワカバは走って来た勢いに任せてエモーショナルに声あげようとしたが、乱れている呼吸のせいでそれが叶わなかった。ともかく、何か言わなくてはと思い、呼吸と共に言葉を発した。

「森野……カオル……発見」

「里実……どうした?」

森野カオルの驚いた表情が、次第に不安げな表情へと移り変わっていった。それは里実ワカバの激しい呼吸と、額の汗と、のぼせた顔が原因である。

「ねえ、驚いてくれた?」

「うん。とても」

「よかった」と里実ワカバは言い、微笑んだ。それはいつもの笑顔だった。それができてホッとした。

「期待に添えたかな?」

「ええ、もちろん」

 そして森野カオルは、足元のスケッチブックを拾おうとしたが、それを遮るようにして里実ワカバは言った。

「あのさ、ランチタイムの時に言いそびれちゃったんだけど、今夜、みんなでビアガーデンに行こうかって話になったの」思うように言葉が続かなかった。苦しい。でも、それは走って来たからじゃなくて、鼻血のせいじゃなくて、この場所があの先輩の……。「カオルも行こうよ」

「みんなって高橋と、桃井?」

「そうよ」

「そっか」と相槌を打った。「悪いんだけど里実。また、今度にするよ」

「ダメ」

それはとても小さな声だった。したがって森野カオルには届いていない。

「金欠病だし、アルコール飲まないし、それに実は……」

森野カオルはエマ先輩のことを話そうとしたのだ。そして里実ワカバは、それを感じ取ってしまったのだ。感じ取ってしまったからこそ、聞きたくもなかった。

「ダメ。言っちゃダメ。言わないで」続けて「カオル、一緒に来て。お願いだからわがまま言わせて」

熱を帯びたあやうい言葉には、不思議な引力が宿っていた。

次の瞬間、森野カオルは「わかった」と返事をしていた。すると風が吹き、スケッチブックの頁がめくれた。めくれた頁には、色彩を持たないモノトーンのエマ先輩がいた。

つづく


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