かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 6話(1/2)

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作:武田まな

 二人は目的地の高原に到着した。

高原には手入れの行き届いたサッカーコート、ラグビーコート、陸上トラックが、三三五五していた。それだけ高地トレーニングとやらは重要があるとみえる、と二人は話しながら爽やかな風の中を歩いていた。

やがて見晴らしの良いビューポイントを見つけた二人は、青々と茂る芝生の上に並んで座った。それから、目の前に広がる景色に身をゆだねた。

しばらくして、森野カオルはスケッチをはじめた。それを見てエマ先輩は尋ねた。

「ねえ、ロケーションハンティング、どうして写真じゃなくて、スケッチなの?」そもそも何のためのロケーションハンティングだっけ? それは口にしなかった。てか、前にも同じ質問をしたことがあったような、ないような、さてはて。

 ペンシルの音をしなやかに奏でながら、森野カオルは答えた。

「良い質問ですね」

「どういたしまして」てことは、尋ねたことがなかったようだ。

「スケッチは写真と違って好きなように景色を変えられるからですよ。そこにあってほしくないものは描かなければいいし、そこにあってほしいものは描けばいい。まあ、良くも悪くも思い通りになる、と言うわけです」

「ふーん」と簡素に相槌を打って「でも、森野はそうしないんでしょ?」

「yes。あるがままにスケッチします」続けて「全てを変えられる条件の中、あえてそうすることが気に入っているんですよ」

「どうして?」

「ファクトに謙虚であれ、とか言うやつですかね」

エマ先輩はクスッと笑うと付け足すように言った。

「マスプロの時代、カメラのイノベーションは止まらない。年々、より良い物がつくられていく。けど、スケッチという行為は、それとは違う。それとは別の価値に属している。そういうテーストも森野カオルは気に入っている」

「yes。けれど、僕はマスプロを否定しません。だって、最大多数の最大幸福であるならば」

「utilitarianなの?」

「そうだと言い張る自信、まだ無いですけど」

「それ同感」とエマ先輩は言い、芝生の上に横たわった。そして、空を見て思った。「ねえ、森野。どうして『仰げば尊し』だったの?」

「たまたま、僕の無意識の中にあったんですよ」と森野カオルは、のんびり答えた。

「僕の無意識の中?」

「ええ、目に見えない無意識の中です」

「ふーん」じゃあ、目に見えるのは意識というわけか。

「案外、僕たちの行動というのは、意識という目に見えるものに基づいているんじゃなくて、本能や無意識といった謎めいたものに基づいているのかもしれませんね。まあ、これは僕の個人的な仮説ですけど」

「森野の個人的な仮説か」でも、確かにそう言われてみれば、理論的、合理的、理性的なものより、感覚的なものを優先して意思決定している気がする。でも、それを証明する方法ってあるのだろうか? 「森野。個人的仮説を脱するためには?」

「まあ、それは……」と声が小さくなる。

つづく


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