かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 13話(2/3)

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作:武田まな

 やっぱり、あの日から自動ドアが反応しない。並列化した時間と距離を置いたことと関係があるのだろうか、と二人は問い合った。しかし、それ以上、思索にふけることはせず「ま、いっか」とベールに包んでしまうのであった。というのも、例の景色のことがあるからだ。

 ともあれ、慣れた手つきで自動ドアをこじ開けると、二人は図書館の中に滑り込んだ。

午前中ということもあり、利用客はまばらだった。館内は凛とした静けさに満ちていた。

 二人は窓際の席に腰を落ち着かせた。

 そして森野カオルは、机の上に例の地形図を広げると、完成に至るまでの経緯をかいつまんで報告した。

一連の報告を受けてエマ先輩は、しみじみと礼を言った。

 二人は一息ついたのち、世界地図を使い地形図と似ている場所を探しはじめた。

いつしか時間は、正午になろうとしていた。二時間近く探したが、進展はなにも無かった。森野カオルは不安にかられた。そんな気持ちを払拭するため、蔵木ミカの言葉を思い出すことにした。

所詮、一人の人間が全てを捉えることなんて不可能なんです。でも、地形図を眺めることである意味それができてしまうんです。それは、等高線や地図記号によって秩序がもたらされた結果でもあるんです、と彼女は言っていた。やっぱり、ロマンチックに聞こえる。不安な気持ちも和らぐ。あの時、もっと褒めておくべきだったな、と森野カオルは少しばかり後悔した。

それから、森野カオルは世界地図の頁を操るエマ先輩に目をやった。室内でも野性的な魅力を帯びたエマ先輩の瞳はまばゆかった。それに机を挟んで向き合うこのシチュエーションたるや、懐かしい。そう思うとつい笑みがこぼれた。

「ん、どうしたの? にんまり笑って」とエマ先輩は、小首を傾げて言った。

「懐かしくて得がたいものを目の当たりにしたから、ついそうなったんですよ」

「今、ここでそれを目の当たりしたっての?」

「ええ、たった今ここでそれを目の当たりしました」

 エマ先輩はあっさり首をすくめてから、周囲を見回した。しかし、それらしいものは何も見当たらない。

 続けて森野カオルは、こうも言った。

「どんなに探したって、エマ先輩には見えませんよ」だって僕の目に映る景色のことだから。

「なんだそれ」とエマ先輩は言い、頬をすぼめた。そうかと思うと、打って変わってクスッと笑った。「図書館でこうしていると、なんだか学生にもどっみたいね。懐かしいわ」

「あのエマ先輩。ここの気配、少し屋上に似ていませんか?」

「奇遇ね。私もそう思っていたところよ」

「クロワッサンと、コーヒーがあればいいのに」

「ほんとよね」実はその二つあったりして。エマ先輩は白くまのイラストが描かれたトートバッグに流し目を送った。

「悦に入ったような顔をしてどうしたんですか?」

「目下の所、カオルには見えないものを知っているからよ」とエマ先輩は、楽しげに言った。かくいう私もカオルと同類なのだ。からかうのを我慢できない。「さっきの仕返しよ。おそれいったか」

「ははあ、恐れ入り谷の鬼子母神でございまする」

「ワハッハッハッハ。苦しゅうない。よきにはからえ」

しばし、二人で笑い合った末、舞い降りた沈黙の中で森野カオルは言った。

「目的の場所、なかなか見つかりませんね」

「ええ、なかなか見つからないわね」

「だから、こんな風に思考をひねってみました」

「どんな風に?」

森野カオルはエレガントに咳払いをすると言った。

「見つからない時間が積み重なるということは、見つかる可能性が積み重なるとも考えられませんか? この世界は有限ですからね」

「なるほど。そう考えると胸がスッとするわね。おまけに作業がはかどりそう」

「じゃあ、見つからない時間、どんどん積み重ねていきましょう」

「ねえ、待って。その前にランチにしない?」

「それ良案ですね」

つづく


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