かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 12話(3/4)

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作:武田まな

 今朝、講義がはじまる前、森野カオルは蔵木ミカを見つけると地形図づくりの協力を仰いだ。

彼女は「ティラミスをおごってくれるのなら」と二つ返事で承諾した。

スケッチを観賞し終えると、蔵木ミカは一言感想を述べた。それから、地形図を作成するにあたり、問題点をレポート用紙にリストアップしはじめた。

リストアップした全ての項目は、解決できそうもないものばかりだった。

 次に視点を変えてできそうなことをリストアップすることにした。

しかし、何一つ抽出することができなかった。レポート用紙は白紙のままである。それなのに蔵木ミカは、嬉しそうな表情を浮かべていた。まるでノズルから絞り出てくる生クリームを愛でる子供みたいに。

蔵木ミカはよだれを拭うと言った。

「森野先輩。少しばかり強引にいきましょう。このままインフレキシブルな思考に囚われていては、ティラミスにありつけ……いや、地形図が完成しませんからね」

「と言うと?」

「へへへ」と蔵木ミカは、笑みを浮かべた(うっかり心の状態を漏らしてしまったのだ)。「あっ失礼しました」咳払いをして仕切り直すと「地形図フリークのこのあたしにしかできない大胆な方法を思いつきました」

どうやらさっきの笑いは、ティラミスにありつけると確信した結果、生じたものらしい。「で、その方法って?」

「地形図づくりというのは、簡単に言ってしまえば立体物を平面にする作業のことです。そもそも対象となる立体物がないと、お話にならないというわけです。で、その考え方自体を胆にテイク、オフさせちゃうんです」

 続けて蔵木ミカは言った。

「ようするに、このスケッチを平面でなく立体物として捉えるんです。実際にこの景色を目の当たりにしている疑似体験を、あたしにさせるんです。つまり平面から立体へ。でもって立体から平面へ、という図式です。そうすれば地形図にすることは、おそらく可能です」

「今、ここで、これから、それをする?」

「ええ、もちろん」

確かに大胆な方法だな、と森野カオルは思った。

更に続けて蔵木ミカはこうも言った。

「制作した地形図を何に使うか知りませんが、このスケッチのエッセンスは含まれているはずです。ですから、まったく役に立たない、ということは無いと思います」

「それで、蔵木にこのスケッチを立体物としてイメージさせる方法というのは?」

 蔵木ミカは人差し指をおっ立ててメトロノームよろしく左右に振りはじめた。

「チッチッチ、たまたまスケッチが上手で、人をまぬけな気持ちにさせるのが得意な先輩を知っているんです、あたし」

 いつの間にか彼女の人差し指は、森野カオルに向いていた。それを受けて森野カオルは、とりあえず首をすくめてみせた。

「この二枚のスケッチ、どなたが描いたか知りませんが、お世辞でも上手とは言えません。冷えてはいますが、炭酸が抜けきったペリエといった感じです。ですから立体物としてイメージするには、いささかムードに欠けます。そのムードこそが、今提案した方法において最も重要なポイントなんです。だから、森野先輩の洗練されたスケッチで、このあたしにこの景色を立体物として鮮明にイメージさせて下さい」

前半のコメントは、聞かなかったことにしよう。「じゃあ、取りかかるとするか」

「はい、先輩」と蔵木ミカ。

つづく


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