かさなる 白いモラトリアムサマー

かさなる白いモラトリアムサマー 8話(3/4)

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作:武田まな

 受話器からコール音は聞こえなかった。その代わりにツーツーツーと冴えない音が聞こえてきた。仕方なく受話器を下したら、今度は雨音が聞こえてきた。

エマ先輩は再びプッシュボタンを押した。

しかし、結果は同じだった。こんな時間に誰と電話しているのだろう? まったく、カオルときたら。

 そしてエマ先輩は、くわえ煙草よろしくペンシルを口にくわえながら、便箋とシステム手帳に描かれた二つのスケッチを、ぼんやり見比べていた。

そうしていると、あることを思い出した。その事実を確かめるため、長野の実家に電話をかけることにした。地元の大学に通う妹なら、まだ呑気に起きているはず。

 電話のベルが鳴った。ルルルル、と一回、二回、三回……八回。

「はいはい。杜葉です」

 妹は根負けしたといった風に電話に出た。

「マミ? 私」とエマ先輩は、間髪を容れず言った。

「ん、その声おねーちゃん? こんな時間にどおったの? てか、電話粘りすぎ」

「あのさ。チョッとお願いというか、確かめてほしいことがあるんだけど?」

「お願いかぁ、どうしようかなぁ、気持ちよく寝ていたのにぃ」

こういう時の妹の嗅覚には、ただただ感心するばかりである。姉からのエマージェンシーコールだということを、一瞬で嗅ぎとりやがったのだ。まったくな話。「今度、こっちに遊びに来た折、洋服買ってあげるわ。もちろん、ランチ付き」

「ホント? ずっと狙っていたワンピがあるんだ。ラッキー。起きていてよかった」

「寝ていたの、やっぱり嘘だったのね」

「バレてた?」

「バレバレでしょ」

「ガハハハ」とマミは、笑ってごまかした。それから淫らな声で「そのお願いって、もしかしてだけど、恋愛戦線がらみでしょ?」

 我が妹の嗅覚には、つくづく感心するばかりである。いや、いささか不気味である。てか、恋愛戦線がらみではない(誰とも揉めてはいない)。そうか、これは妹の挑発か。まんまと罠にかかってたまるか。

「さっきの提案取り消すわよ」

「チョッと待って、大人しく言うこときくから。で、具体的に何をすればいいわけ?」

「私の部屋のクローゼットの中にダンボール箱があるんだけど、その中に日記がしまってあるのよ。その日記の中から景色を描いたスケッチがあるかどうか、確かめてほしいわけ」

「トップシークレットだった日記の内容、目に触れちゃうけど構わないの?」とマミは用心深く尋ねた。

「この際しょうがないわ。極力見ないようにしてよね」

「へえ、それだけエマージェンシーってことなのかぁ」

「あんたには関係無いことでしょ。大人しく言われた通りにすればいいの」

「へいへい」とだらしなく返事をして「それじゃあ、見つけたら折返し電話すればいいのね?」

「ん? 待って」とエマ先輩は言い、マミを引き止めた。「確かコードレスだったでしょ? その電話。だからそのまま部屋に行ってちょうだい」そうしなければ、日記の内容に気を取られ作業効率が低下するではないか。

「なるほど。さすが我が姉、おそれいった」

「ほら、無駄口は終わりよ。急ぐ」

「しょうがない。ワンピと、ランチと、スイーツのためだ」マミはどさくさにまぎれ項目を一つ追加した。

それについてエマ先輩は、何も咎めなかった。時間が惜しかったのだ。

そしてエマ先輩は、受話器から聴こえてくる物音と、妹の独り言に耳を澄ますことにした。それにしても今夜は、雨音がよく聞こえる。ちとうるさい。

つづく


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