作:武田まな
電話のベルが鳴った。ルルルル、と一回、二回、三回。
「はい、もしもし森野です」
「カオル? 私」
「……何だ。里実か?」
「その言い方、ずいぶんご挨拶じゃない。カオルのアパートに電話する物好きな女の子なんて、私しくらいしかいないのにさ。もっと大事に扱ってよね」そうつっけんどんに言い放った里実ワカバの口調は、気を悪くしたというわけではなく、むしろ名乗らなくても私だとわかってもらえた嬉しさが含まれていた。「それより、今日、いったいどこへ行っていたのよ? 何度も電話したのよ。私」
森野カオルは受話器を反対の手に持ち変えると「遠に出かけていたんだ。それより、こんな時間にどうした?」
「そうそう。そのことなんだけどさ。結論から言うと、チケット無駄になっちゃったわ」
「チケット?」
「ええ、野球観戦のチケット。高橋君とエミカからもらったの。急用が出来きたとかで行けなくなったから、カオルとどうぞって」
「それで何度も電話をしたってわけ?」
「そう言うこと」
「そっか」
「ねえ、残念?」
「ん、まあ」
「それ、どっちの残念?」
「ん?」
「だから私と出かけられなくて? それとも野球観戦できなくて?」
「それは……」
「それ悩んじゃうんだ」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ答えて。今、直ぐ」
森野カオルを困らせるために、里実ワカバはあえてそう言ったのだ。休日が無駄になった腹いせのつもりもあるが、胸のときめく季節、夏のはじまりでもあり、自己アピールも含まれていた。「どっちか答えるまで、この電話切らせないんだから」
「何だそれ」
里実ワカバはけんもほろろに言葉を返した。
「それは質問に対する答えとして認められません」
「はあ?」
「それも質問に対する答えとして認められません」と言い、今度はビジネスライクに「質問は二択になっております。その内のどちらかを選び、また、その理由を明確に述べよ」
やれやれ、と森野カオル。
つづく
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