作:武田 まな
森野カオルの軽自動車は、国道を西に進んだ。その間、カーステレオの代わりに、後部座席のビニール袋が音を奏でていた。可愛い猫たちがじゃれあっているみたいな音である。パンは途方もない状態になっているのだろう、と森野カオルは思った。
助手席に深く埋もれたエマ先輩は、頬杖をして、静かな目をして、瞬くネオンに視線を投げていた。そのついでにといった風に、交差点を右折するのか左折するのか指示するだけだった。
「次の信号を右」
「はい」
「しばらく道なりで」
「あ、はい」と森野カオルは言い、アクセルを踏み込み速度を上げた。しかし、タクシーにあっさり追い抜かれてしまった。
「えっと、次の信号は、right」
「yes」
「やっぱり、leftにしようかな」
「ふへ」やっぱりって?
「冗談よ」とエマ先輩は、シレっと言った。「まだ、道なりよ」
「OK」
「じゃあ、次は……ねえ、あいかわらずスケッチとかしているの、森野?」
森野カオルはエマ先輩の横顔をチラッと見た。
「ええ、まあ、していますよ。ロケーションハンティングに行った先で、のんびりと」
「あら、そ」
「スケッチは趣味というよりか、もうライフワークですね。エマ先輩の紙飛行機と同じですよ。屋上からよく飛ばしていたじゃないですか?」
「紙飛行機か」とエマ先輩は、素っ気なく答えた。「もうそんなの折ってもないし、飛ばしてもないわよ」
森野カオルはその理由を尋ねようとした。が、止した。
続けてエマ先輩は言った。
「ねえ、今度、ロケーションハンティングに連れてってよ」
「別に構いませんよ。けど……」
「けどって?」
「退屈ですよ」
あら、そ、とエマ先輩は口だけを動かした。それから「ねえ、森野。退屈は悪いことじゃないって、さっき言ったじゃない。もう忘れたの?」
「忘れていませんよ。ただ……」と森野カオルは、言い淀んだ。
「女の子は出来ない約束をしたがる生きものなのよ。つまり、その程度の約束だから連れて行くってあっさり言えばいいのよ」
「わかりました。行きましょう、ロケハン。先輩からの電話、気長に待っています」
「待つんじゃなくて森野が私を誘うの。だから電話して」
「はいはい、わかりました」
「その言い方、嫌」
「じゃあ、つべこべ言わずに大人しく黙って付いて来い、とかは?」
「ヘドが出る」
「ガハハ」
「ねえ、その笑い方もっと嫌」とエマ先輩は言い、けらけらと笑った。
エマ先輩を送り届けてから、アパートメントに帰宅した森野カオルは、すっかり変わり果てたパンの姿をスケッチしていた。それは二度と同じ過ちを繰り返さないための措置である。
片やエマ先輩は熱いシャワーを浴びると、無意識というニュートラルな感覚に身をゆだね紙飛行機を折っていた。そして、幾つか折った紙飛行機の中から一つだけ摘まむと、冷蔵庫めがけてテイク、オフ。
その瞬間、エマ先輩はスーパーマーケットで買おうとしていた何かを思い出した。そうだ、レモンを買おうとしたのだ、私。けれど、森野カオルと再会したはずみでそれを忘れてしまったのだ。したがってレモンは切らしたままである。何が何でも明日、買っておかねば。
つづく
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