作:武田まな
〔現在〕
あれから一年が経つ。もう一年? まだ一年? どっちだろう、と里実ワカバ。そんなことより、この一年でカオルとの距離は、どのくらい縮まったのだろう? そもそも縮まったと言えるのだろうか? 私の気持ち言葉で伝えていないし、曖昧な態度で示してきただけだし、私って思っていた以上にコンサバだこと。
里実ワカバと森野カオルは、ビアガーデンに向かうため駅で電車を待っていた。
「エミカと高橋君、先に行っているって」と里実ワカバは言い、片足を上げてバランスをとる身振りをはじめた。まるで綱渡りでもしているみたいに。
「そっか」と森野カオルは、相槌を打った。彼の目には、里実ワカバの無邪気な身振りが映っていなかった。腕時計を見ていたのだ。「あのさ、里実」
「ん?」
「あのさ」と、もう一度。
「何? 急に改まっちゃって」
その時、里実ワカバはレモンのような香りに気が付いた。どこからするのだろう? バランスと取る身振りを止めて辺りを見回したが、香りのもととなるそれらしいものは見当たらなかった。
「どうした? 里実」
「ううん、何でもないよ」気のせいだったのだろうか?「ただ、もうすっかり夏だなって思っただけ。今年もたった一度の夏がはじまるんだなって。胸のときめく季節がはじまるんだなって」
「そうだな」とだけ森野カオルは言い、目を伏せた。
その目顔から里実ワカバは、あの先輩の気配を感じ取ってしまった。だからこそ無理におどけてみせたのだ。
「カオル、私のこと、ずいぶん乙女チックだなって思ったでしょ?」
「いや別に」
「思った顔している」
「そうか?」
「しているったら、しているもん」
「なんだそりゃ」
「じゃあ、約束して。私たち一年後も一緒にいるって」と里実ワカバは出抜けに言った。もちろん二人の距離を縮めるためにそう言ったのだ。
「突然、一年後のこと言われても」と声が小さくなる。そして、会話が止まる。
その間を埋めるかのように、電車がホームに滑り込んで来た。
「……そうだよね。突然、一年後の話を振られても困るよね。ごめん、ごめん。ほら電車が来たよ。カオル」
そして二人は、山の手方面の電車に乗り込んだ。
ラッシュアワーの時間帯ということもあり、車内は混雑していた。そんな時に限って電車は大きく揺れたりする。
バランスを崩した里実ワカバは、森野カオルの体につかまり難を逃れた。頃合いを図り元の空間に戻ろうとしたが、既に元の空間は人で埋まっていた。かくなるうえは、このままつかまっているしかなかった。言わずもがなこれは偶然がもたらしたスチュエーション。私の方からこんな風に大胆になれない。でも、そうしなければ先に進めない。私だけ取り残されてしまう、と里実ワカバは思った。
つづく
信州のアウトドアにまつわるショートショートを綴っています。
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